スポーツの映像体験をアップデートする「WINLIVE」でデータサイエンティストが意識したこと

「WINTICKET」は、競輪業界売上 No.1(※)の競輪・オートレースのインターネット投票サービスで、サイバーエージェントを支える事業の 1 つとして急成長しています。2024 年 4 月にリリースされた「WINTICKET」のオリジナルライブ映像「WINLIVE」に横軸組織の立場からデータサイエンティストとして携わった松田に新機能開発にまつわる話を聞きました。※2023 年 10 月~12 月の勝者投票券売上実績。(自社調べ)

松田 和己

2015 年新卒入社。メディア統括本部 Data Science Center 所属。横軸組織の立場から新しい未来のテレビ「ABEMA」や定額制音楽配信サービス「AWA」などのメディアサービスでユーザ行動分析やデータ整備に従事。現在は競輪・オートレースのインターネット投票サービス「WINTICKET」におけるデータ活用や意思決定支援を担当。

新たな映像体験「WINLIVE」が目指したこと

松田:2024 年 4 月、「WINTICKET」は新機能「WINLIVE」の提供を開始しました。「WINTICKET」は、2019 年のサービス提供開始以降、「競輪を体験したことのない方々が競輪の魅力を感じてくれるためには?」という一貫したビジョンのもと、競輪市場の裾野を広げ、業界と一緒に成長することを目指してきました。「WINLIVE」は映像体験の観点から競輪の魅力を伝えるために、競輪理解のハードルとなっている競技としての難しさに対して、選手の体力に焦点をあてることで解決を目指したプロジェクトです。
競輪は、激しいレース展開が魅力の一方で、レースを理解することが難しい競技と言われています。特に、関係性のある選手同士でラインと呼ばれるチームを組む団体戦の要素があると同時に、自転車を漕ぐのは選手自身なので選手心理が表面化しやすい競技となっています。

さらにレース展開の観点でいえば、レース中に先頭を走る
選手には強い空気抵抗が働くため、同じ選手が先頭に位置
し続けることは稀です。結果として、体力を効率的に使ってより良い位置で勝負するための位置の取り合いが起き、レース中の隊列がダイナミックに入れ替わっていきます。そういったレース展開の中では、先頭を走る選手が急に失速して負けてしまったり、後方の選手が急激に追い上げて勝利したりと、初心者には理解が追いつかないレースとなることも多くあります。

これらの競技を理解する上での課題を解決するため、「WINLIVE」では選手の体力をリアルタイムに数値化・可視化し、空気抵抗に関するエフェクトも添える新たなライブ映像体験を通して、レースの中で何が起きているのかを理解しやすくすることを狙っています。勝ちそうな選手が誰なのかが直感的にわかるようになると同時に、体力を多く残している選手がいるときに「その選手はなぜ体力を多く残すことができているのか」という興味・関心にもつながると考えています。

体力を定量化するためのデータサイエンス

松田:前提として、競輪では選手や自転車にセンサーをつけることは認められておらず、そのような問題設定の中で、複数のデータ技術が「WINLIVE」の実現を支えています。
まず、競輪場に複数のカメラを設置して様々な画角からレースを撮影し、レース映像に対して動画解析技術を適用することで、選手の位置情報(3 次元座標)や走行スピードを計測しています。続いて、この結果を用いて、選手が発揮しているパワーをリアルタイムで計測し、独自のロジックによって選手が消耗していく体力を計算しています。この数値を選手固有の初期体力(最大体力)から減算していくことによって、徐々に減っていく体力を表現しています。初期体力についても、独自のロジックによって過去のレース成績など様々な要素をもとに計算されていますが、今回は省略して消費体力について紹介します。
選手が消耗していく体力は、選手が発揮しているパワーから計算されていますが、一般的には、運動負荷が上がるほど消費体力も上がっていくため、選手の運動負荷を計算することが次の目的となりました。競輪選手が漕いでいる自転車に着目すると、ブレーキがないなど日常生活で乗られている自転車とはいくつか違う点があります。選手の運動負荷の観点でいうと、固定ギアと呼ばれるペダルの回転と車輪の回転が完全に連動したギアとなっているのも特徴の 1 つです。これは逆に言えば、減速しないためには常に自転車を漕ぐ必要があります。このことから、選手がスピードを維持(減速・加速)するために抗わなければいけない様々な抵抗力から、選手の運動負荷を逆算することを考えました。
自転車で走行しているとき、一般的には、➀空気抵抗、➁転がり抵抗、➂加速抵抗、➃登坂抵抗の 4 つの抵抗力が働きます。このとき、特に高速で走行する自転車競技の場合は大部分が空気抵抗となり、また、空気抵抗以外の抵抗力は公式から比較的容易に計算可能です。

体力を温存するためのテクニックとスリップストリームの効果

松田:スリップストリームとは、高速で走行する物体の後方に特徴的な気流ができる現象のことで、空気抵抗を考える上で非常に重要です。競輪では、一直線の隊列を作って走行する特徴的なシーンが見られますが、前方の選手を追走する選手には、スリップストリームの効果が働き、空気抵抗が大きく低減されます。競輪はダイナミックに隊列が動く競技ですが、そういった激しいレースの中でも前方の選手との距離を開けずにぴったりと追走できるテクニックを持つ選手は、相対的に多くの体力を残すことができます。
そして、ある選手が受けている空気抵抗の大きさを計算するためには、選手が受けているスリップストリームの効果を数値化することが重要となってきます。
自転車競技におけるスリップストリームの効果に言及した論文やネット記事は多数存在しており、それらをベースにして競輪に特化した独自のロジックを構築することを目指しました。特に注目したのは “選手同士の位置関係によって効果量がどのように変化するか” というもので、前方選手からどの程度後方に離れても効果があるのか、どの程度左右に離れても効果があるのかというものでした。したがって、取得できている選手の位置情報を元に、選手同士の位置関係が計算できれば、この内容を応用して計算できるのではと考えました。

得られている 3 次元座標から選手同士の位置関係を計算しようとしたとき、コースの直線部分であれば位置関係が捉えやすくなりますが、一方で課題となってくるのはコーナーを走行しているときです。既存の研究内容を応用するためには進行方向、つまりコースの形状を加味する必要がありました。さらに細かい話をすると、競輪場のコースは走行者が走りやすいように特有の設計がされていて、直線からコーナーにかけて緩和曲線と呼ばれる滑らかな曲線が用いられており、選手同士の位置関係を直線と同様の精度で計算するためには工夫する必要がありました。実際には様々な試行錯誤を経て、複雑なコース形状に対して比較的シンプルな形状で近似するような方法を選択しました。進行方向が分かれば良いため、シンプルな形状を仮定することによるデメリットは軽微と判断し、またこの仮定によって、3 次元座標の四則演算だけで位置関係を計算できるようになりました。数式等の詳細は省略しますが、これらの工夫といくつかの可変値を検証・調整することで、各選手が受けるスリップストリームによる効果の数値化が可能になり、映像体験の実現につながりました。

正解のないプロジェクトでデータサイエンティストが意識したこと

松田:前述したように、選手や自転車にセンサーをつけることができない競輪では、選手の体力を正しく知ることはできません。そのような正解のないプロジェクトにおいてデータサイエンスを実適用するために、普段よりも意識しながら進めていたことがあります。

1 つ目は、解くべき問題に関する知識に対して貪欲になることです。正解がわからないため、競輪に詳しい方が体力という観点でレースを観た時に感覚値とあっているか、という定性評価に頼らざるを得ません。この感覚を自分自身にも身につけられないとプロジェクトが進行できない訳ではありませんが、近い感覚を持てていたり、同じ言葉で議論できたりすることは、高いクオリティでプロジェクトを実現するためには重要でした。自転車競技において空気抵抗とはどのように影響しているのか、スリップストリームという現象はどのようなメカニズムなのか、といった観点を中心に、競輪以外の自転車競技の映像も観たり、自転車以外にも空気抵抗に関する文献を調べたり、身近にいる趣味として自転車に乗っている人に話を聞いたりと、とにかく関係しそうな情報や感覚値に触れることを意識していました。結果として、状況によっては議論を適切にリードできたり、より実態に沿ったロジック構築につなげられたりと、プロジェクトの実現やデータサイエンスの適用を加速させることにつながりました。

2 つ目は問題のシンプル化です。体力に影響する要素は無数にあり、そのすべてを考慮することは不可能です。そこで、手元にある情報から考慮すべきものと計算可能なものを取捨選択して、可能な限り実際の体力に近づけられるように検討していました。例えば、選手が作る隊列による複雑な隊列効果についても比較的シンプルな思想とすることで、後段の計算処理を可能かつ軽量化することにつながっています。シンプル化、つまり適切に削ぎ落とすことと、中長期的な今後の課題として扱うことのバランスを意識してプロジェクト内でコミュニケーションを取ることで、プロジェクトを効率的に進行することができました。

今後の展望はありますか

松田:「WINLIVE」は、体力計算の部分だけでみてもまだまだ改善の余地がありますし、より多くの方に「WINLIVE」を届けるために、システムの汎用性を高めるための課題解決に取り組んでいます。さらに、競輪以外のスポーツでの映像企画も視野に入れており、「ABEMA」の幅広いスポーツコンテンツと協業しながら準備中です。
今後は、映像体験に限らない様々な挑戦を通して、より良い競輪・オートレースのインターネット投票プラットフォームを提供するための取り組みを進めていきます。

参考資料

  1. 「WINLIVE」リリースのお知らせ
     https://www.winticket.jp/keirin/column/winlive
  2. CA DATA NIGHT #4 – 競輪選手の体力を視覚化するための物体認識とデータサイエンスの融合
     https://cyberagent.connpass.com/event/319045/
  3. テクノロジーで競輪の映像体験をアップデートする – WINTICKET が提供する新機能「WINLIVE」
     https://www.cyberagent.co.jp/way/list/