
学際的情報科学センターでは、外部の研究機関と協働し、情報科学とその隣接領域における学術的な知見に基づいた研究開発を行っています。今回は学際的情報科学センター所属のリサーチャーである森下、高野に当センターでの業務や取り組みについて話を聞きました。

森下 壮一郎
2005 年 埼玉大学大学院理工学研究科博士後期課程中退。2009 年 同大学博士(工学)。東京大学、電気通信大学、理化学研究所を経て、2016 年に株式会社サイバーエージェント技術本部秋葉原ラボへ入社。現在はガクセンで自社サービスのデータ分析と情報倫理に関する研究に従事。

高野 雅典
2009年名古屋大学大学院情報科学研究科博士課程修了。博士 (情報科学)。専門は計算社会科学・複雑系科学。システムインテグレータを経て、株式会社サイバーエージェントに勤務。スマートフォンゲームの開発・運用に携わった後、現在は学際的情報科学センター所属。当社サービスのデータ分析と計算社会科学研究に従事。情報処理学会、行動計量学会 各会員。人工知能学会、計算社会科学会 各理事。
「MISC=学際的情報科学センター(ガクセン)」とは、どういったチーム?
高野:「MISC」は Multidisciplinary Information Science Center の略で、社内では学際的情報科学センターの略から「ガクセン」と呼ばれる多岐にわたる情報科学を扱うチームです。
森下:現在私と高野さんの 2 名のチームですが、2 人とも博士号を持ちアカデミック業界とつながりがあることを活かして、社外の専門家と協力してサービスの課題に取り組んでいます。
たとえば、サービスのコメント欄の不適切投稿への対処は、機械学習での自動判別が困難だったり法整備が不十分だったりします。そのような問題に対処するために、色々な専門分野からのアプローチ、つまり学際的なアプローチができると考えています。そういった専門分野や学術的なアプローチをすることによって、自由な言論市場を保ちつつ、UX を損なわないようにできると考えています。
機械学習での自動判別が困難・法整備が不十分なものを学術的にアプローチするとは?
高野:現代は非常に多くの人が常にインターネットに接続でき、Web 上では様々なことが起きています。森下さんが指摘するように、コメント入力が可能な多くのWeb サービスは、不適切な投稿に悩まされています。そういった Web サービスに対するユーザ行動の記録・活用技術は進化しているものの、データ取り扱いや説明の方法は自明でありません。そのようなサービスの開発チームにおいて、専門家がいない領域や現象を「その他」と定義し、当チームが支援する役割を担っています。

現在ガクセンで行っているプロジェクトや研究・取り組みについても教えてください
高野:プロジェクトの一つに、ピグパーティと取り組んでいる「リアルで困難を抱えたユーザのメンタルヘルスを仮想社会で支援する」ことを目的としたものがあります。いじめ被害者 [1, 2] や性的マイノリティ [3] の方々にとって、ピグパーティでの人間関係がメンタルヘルスにプラスであることは、既に検証されています。このプロジェクトによってアバターを使った自己表現・感情表現が重要 [1, 4, 5] であり、利用時間の乱れからメンタルヘルスの悪化が検出できそうなことがわかってきました [4, 6]。現在、これまでの知見を基に、ユーザのメンタルヘルス改善に有効な具体的なアクションについて仮説を立て、検証を行っております。
他には、仮想社会を安全に維持するため、未成年誘い出しやネットいじめなどの違反行動対策 [7-11] の研究も行っています。また、社内のエンジニア向けに多様性・公平性・包摂性(DE&I)の Tech DE&I プロジェクトも支援しています。社内 DE&I 環境のアンケート調査や分析を行い、複雑で混沌とした概念や用語を整理し、関連文献を調査してまとめ資料を作成しています (例えば分析調査 : [12, 13]; まとめ資料 : [14, 15] ) 。
森下:私が取り組んでいる 2 つのテーマは、「データを活用した事業プロダクトの炎上予防」と「非アクティブユーザーの再活性化」です。
「データを活用した事業プロダクトの炎上予防」は、国立情報学研究所の武田英明先生との共同研究です。パーソナルデータ利活用の社会的受容性と消費者の態度について調査しています。パーソナルデータを活用するサービスが、リクナビ事件のように炎上するリスクをどのように見極めるべきか、アンケート調査を分析して調べています。
「非アクティブユーザーの再活性化」は、筑波大学の佐野幸恵先生との共同研究で、メディアサービスのユーザ行動ログの分析です。どんなサービスもアクティブユーザー数を経営指標としていますが、復帰するポテンシャルがある非アクティブユーザーの規模見積もりは難しい問題です。これを調べようと思ってグラフを描いていたら、佐野先生のご専門の社会物理学的に興味深いグラフだと高野さんから指摘されて、共同研究が始まりました。いまは ABEMA のデータをもとに非アクティブユーザーの規模見積もりと、復帰に関わるパラメーターを調査しています。
また私の個人的なテーマとして研究倫理や技術者倫理があり、社内プロジェクトとして「研究倫理審査委員会」の設置に携わっています。研究倫理審査は、非倫理的な研究を防ぐための学術界の自主的取り組みで、昨今は「人を対象とする研究」全般で必要とされています。倫理審査は研究を実施する機関で行わなければならないのですが、サイバーエージェントにはその仕組みがなかったので新たに設置されることになりました。
これまでにたくさんの論文を執筆されていますが、代表的なものを教えてください
高野:研究については、ピグパーティのメンタルヘルスプロジェクト関連の論文が多いですが、それ以外に 2021 年に計算社会科学会のメンバーで執筆した「計算社会科学入門」[16] もあり、統計モデリングの章を担当しました。統計モデリングは統計分析全般で必要ですが、この章では Web 事業者や計算社会科学で使うソーシャルビッグデータの統計モデリングに焦点を当てています。ソーシャルビッグデータは心理学実験やアンケート調査データと異なるため、適切な取り扱いが必要です。その問題点や方法についてまとめています。
森下:「データを活用した事業プロダクトの炎上予防」に関する研究を国際学会で発表しました [17] 。パーソナルデータの種類と利用目的との関係について国際アンケートを実施して分析したものです。「目的と関係ないデータは使われたくない」という当然の結果に加えて、意外にも「データ利用を望まないが、やむを得ずサービスを使う」という状況も見つかったのが興味深い発見でした。
あと共著の書籍ですが、プロジェクトの紹介でも触れ
た『よくわかるパーソナルデータの教科書』[18] で、私の取り組みがまとまっております。パーソナルデータの活用について、法的・倫理的・技術的側面からそれぞれ説明しているのが特色です。

また、高野さんの依頼で人工知能学会誌に『AI の倫理学』の書評 [19] を寄稿しました。これはクーケルバークの “AI Ethics”の翻訳で、訳者が用語集を充実させて読みやすくなっています。哲学用語が多いものの読みやすくおすすめなので、書評を読んで興味を持った方はぜひご覧ください。
学会への参加など社外活動もされているそうですが、主にどういったことをされていますか?
高野:私は人工知能学会と計算社会科学会で産業連携委員会委員・プログラム委員として活動し、2023 年 6 月から人工知能学会の理事[20]も務めています。学会や人工知能分野の多様性推進を担当することになりました。学会や人工知能技術、テック企業に貢献したいと考えています。人工知能の社会的影響は非常に大きいため、多様な人達が研究や活用にあたっての社会的ハードルをなくしていくことは重要です。また、英文誌 New Generation Computing の計算社会科学領域の編集委員や計算社会科学関連論文の査読も行っています。
森下:電子情報通信学会の「技術と社会・倫理研究会」[21] で 2022 年度から副委員長を務めています。また、2023 年度から技術倫理協議会 [22] の委員になりました。学協会に役員や委員として参画することでサイバーエージェントのプレゼンスも高まると考えています。執行役員である佐藤真人さんからも好意的に受け止めていただいているようで、ありがたいことです。実は他の企業ではこのような活動に対して否定的なところもあるので、サイバーエージェントの寛容さを感じています。
お二人の専門性を生かした、社内横断的な取り組みへの参加について教えて下さい。
高野:サイバーエージェント内の取り組みである Tech DE&I プロジェクトで、DE&I に関する文献調査や研究発表を実施しています。文献調査としては多様性・包摂に関わる概念・用語の整理・解説を目的として実施しています。それらの一部は当社のDevelopers Blog で公開しています [13, 14]。多様性や包摂は身近な問題で、様々な意見があると思いますが、各人が重要であると考えている問題が微妙に違っていたり、捉え方が異なったりすることがあります。その違いに気づかないまま議論をしても、議論は混乱しがちです。そのために差別や偏見やその対策が理論的にどのように整理されどのように関連するかを整理する必要があると考えています。私も DE&I の専門家ではないため、Tech DE&I プロジェクトメンバーとしての勉強を兼ねて書籍・論文を調べ、整理し、社内ポータルや先ほどのブログ記事に掲載しました。
研究としては当社や IT 業界の現状を定量的に把握し、施策を立てるための調査を行っています。これまでに社内の包摂度調査 [11] や、当社が接点のあるエンジニア志望者の方々にご協力いただき、エンジニア志望者のキャリアに関するジェンダーギャップの調査 [12] を行いました。個別の事例ではありますが、我々も他社さんの具体的なデータや試みは参考にさせていただいておりますので、調査結果はできるだけ公開するようにしています。
森下:私はサイバーエージェントの研究倫理審査委員会 [24] に発足から関わり、今も委員会の運営をしています。電子情報通信学会の研究会に昔から参加していたことに加えて、大学教員だったときに関わっていた研究プロジェクトが生命・医学系で、そこで行われていた倫理的諸問題の検討を間近で見る機会があったことや、協力していた研究計画の倫理審査申請書類を書く側でもあったことなどの経験がいま生きていると思っています。この取り組みについては、AI Lab の馬場さんと一緒に受けたインタビューをまとめた記事として当社のオウンドメディアに掲載していただきました [23]。
研究倫理審査はまさに社内の事業を横断する取り組みで、審査に携わっていると当社の研究開発の幅の広さを実感します。マーケティングや広告クリエイティブに関するものはもちろん、社会学や心理学、ロボティクスに至るまで本当にさまざまな分野の研究が行われています。
「社内横断」の観点でさらに個々の研究計画に着目すると、グループ会社との緊密な連携の下で諸々の実施が可能になっていることを痛感します。研究倫理においては社会や学術界に対して研究の意義を説明することが重要ですが、当社における研究開発がグループ会社の事業や従業員にとってどのような利益をもたらすかについても、説明できることが大事だと考えるようになりました。
最後に、一緒に働かれているお二人の関係性や、お互いの人となりをそれぞれ教えてください
高野:業務上、私はいじめ被害や性的マイノリティ、差別・偏見などセンシティブなデータを扱うことが多く、アンケート回答者やユーザへの説明やデータ取扱を適切に行う必要があります。その際、データ倫理の専門家である森下さんに手続きや検討事項についてアドバイスをもらっています。
森下:入社直後に高野さんの計算社会科学関連のブロ
グ記事を読み、ちょうどそのとき学会誌の編集委員をしていたので解説論文を依頼した、というのが共同で何かをした最初でした。それ以来、学会や論文関係、データ分析手法周りの相談をお互いにしています。研究倫理の側面では私が相談を受けることが多いですが、自分の研究のケーススタディになるので私の方もありがたいと感じており、「持ちつ持たれつ」の関係だと思っています。

参考資料
- Masanori Takano and Takaaki Tsunoda, “Self-Disclosure of Bullied-Experiences and Social Support in Avatar Communication”, Proceedings of the Thirteenth International Conference on Web and Social Media (ICWSM-2019),Vol. 13, No. 1, 2019.
https://ojs.aaai.org/index.php/ICWSM/article/view/3353 - Masanori Takano and Kenji Yokotani, “Online Social Support via Avatar Communication Buffers Harmful Effects ofOffline Bullying Victimization”, Proceedings of the Thirteenth International Conference on Web and Social Media(ICWSM-2022).
https://ojs.aaai.org/index.php/ICWSM/article/view/19351 - Kenji Yokotani and Masanori Takano, “Differences in Victim Experiences by Gender/Sexual Minority Statuses inJapanese Virtual Communities”, Journal of Community Psychology, pp.1‒ 19, 2021.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/jcop.22528 - Kenji Yokotani and Masanori Takano, “Social rhythms measured via social media use for predicting psychiatricsymptoms”, APSIPA Transactions on Signal and Information Processing, Vol. 10, e16, 2021.
https://www.nowpublishers.com/article/Details/SIP-180 - Masanori Takano and Fumiaki Taka, “Fancy avatar identification and behaviors in the virtual world: Precedingavatar customization and succeeding communication”, Computers in Human Behavior Reports, 100176, 2022.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2451958822000100 - Kenji Yokotani and Masanori Takano, “Avatarʼ s social rhythm indicates their playersʼ depression”
Cyberpsychology, Behavior, and Social Networking, Vol. 25, No. 11, 2022.
https://www.liebertpub.com/doi/abs/10.1089/cyber.2022.0058 - 「ピグパーティ」、メタバース内における犯罪被害リスクを AI で検知・啓発するシステムを本格導入 試験運用において被害リスクに繋がる危なっかしい行動が 12.7% 減少 | 株式会社サイバーエージェント
https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=28308 - 西口 真央 , 鳥海 不二夫 , 高野 雅典 , ” 非テキストデータを利用した SNS 上の誘い出しユーザ検知 “, 情報処理学会論文誌 , Vol.65, No.2, 2024.
https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=232442&item_no=1&page_id=13&block_id=8 - Kenji Yokotani and Masanori Takano, “Effects of suspensions on offences and damage of suspended offenders and their peers on an online chat platform”, Telematics and Informatics, 2022.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0736585322000089 - Kenji Yokotani and Masanori Takano, “Predicting cyber offenders and victims and their offense and damage time from routine chat times and online social network activities”, Computers in Human Behavior, 107099, 2021.
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https://developers.cyberagent.co.jp/blog/archives/49008/ - データから見る働きやすい環境調査 ~ ダイバーシティ & インクルージョンの観点から ~ | CyberAgent Developers Blog
https://developers.cyberagent.co.jp/blog/archives/46292/ - 多様性尊重と包摂に関する文献調査 | CyberAgent DevelopersBlog
https://developers.cyberagent.co.jp/blog/archives/38422/ - ジェンダーギャップが発生する理由と対策としてのアファーマティブアクション | CyberAgent Developers Blog
https://developers.cyberagent.co.jp/blog/archives/44111/ - 鳥海不二夫(編著), 石井晃(著), 岡田勇(著), 上東貴志(著), 小林哲郎(著), 榊剛史(著), 笹原和俊(著), 高野雅典(著), 瀧川裕貴(著), 常松淳(著), 三浦麻子(著), 水野貴之(著), 山本仁志(著), 吉田光男(著) “計算社会科学入門 “, 丸善出版 , 2021.
https://amzn.asia/d/bGy4JhP - S. Morishita, M. Takano, H. Takeda, Faiza Mahdaoui, F. Taka, and Y. Ogawa: “Social acceptability of personal data utilization business according to data controllers and purposes”, The 13th International ACM Conference on Web Science in 2021 (WebSciʼ 21) , 2021.
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https://www.ohmsha.co.jp/book/9784274228650/ - 森下 壮一郎:” 書評 : M. クーケルバーク 著,直江清隆 訳者代表,久木田水生,鈴木俊洋,金光秀和,佐藤 駿,菅原宏道 訳 : AI の倫理学,pp. 208,丸善出版(2020)”, 人工知能 , Vol. 37, No. 5, pp. 684-685, 2022.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsai/37/5/37_681/_article/-char/ja/ - https://www.ai-gakkai.or.jp/about/about-us/
- https://www.ieice.org/~site/
- https://www.jfes.or.jp/_cee/
- CyberAgent Way「イノベーションと倫理的配慮の両立を目指して ~サイバーエージェントの研究倫理審査の取り組み~」
https://www.cyberagent.co.jp/way/list/detail/id=30307 - 研究倫理審査 | 株式会社サイバーエージェント
https://www.cyberagent.co.jp/sustainability/info/detail/id=29746